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映画「GO」 2001年公開作品。窪塚洋介、柴崎コウ主演

はじめに


これを当時見たときは,とてつもない衝撃をうけました。

その時に書いた文章そのものを載せておきます。

稚拙な表現がおおく、まだ20代の半ごろ・・・。

それでも、そういう時期にこういう作品に出会えたことに感謝です。

今の自分の価値観形成に大きく影響した作品。

 

映画や本との出会いは、大きく人を変える力を持っています。

 

GO



この作品の奥に秘めるものは、幅広く、そして、つかみ所の無い、大きな世界を包含するところまで発展しそうな勢い。
人間のルーツをたどる台詞も入っていて。。。
「杉原の恋愛の物語」と、映画の中では繰り返しいわれていますが、見終わったら、それだけではすまないような気持ちが、心を占めてくれます。
本当に、いろんな意味でタイムリーな映画でした。

非常に、私には忘れられない作品になりました。
日ごろから、仕事上考えていること、自分の奥底に眠っていたもやもやとした感情を起こしてくれた作品でした。

この映画の中で、父親が、韓国籍を取るとき、
「何人にでもなれるんだ。金さえあれば・・・」という台詞を言った理由。
そして、ジョンイルが「僕らは国なんて持ったことありません。」といった理由。
なんとなくはわかっていても、それがどのような背景でいわれているかを明確に把握できたことで、より、この作品の意味が深い物であることを感じました。


世界の全ての思想は、どこから生じて、ここまで発展していったんでしょうか?


国境、人種、思想・・・
世代を超えて受け継がれ、ずっと昔からあり続けるもの。
世界中でもありますが、日本国内でも、そういう問題が解消されていない狭い思想を持った人々がいます。
江戸時代の「えた、非人」という階級。その言葉にあるように、人間にあらず、とされた階級です。
今は、戦争になりそうで、そちらのほうばかりに視点が行き、足元までは及んでいません。子供同士のいじめ、など・・・。

なぜ、「違い」を見出すのか。
このGOのなかでも、杉原が、焼き肉やのおばちゃんとジョンイルに、説明する
シーンがあります。「ひ・ひ・ひ・ひ・・・ばーちゃんは、アフリカ人になるんだぜ」
と熱く語る杉原。これは、彼の、映画の中で言いたかったことすべての大元に
なる言葉ですね。
先祖がアフリカ人。人類は、元は同じなんだ。
言葉にすると、とってもありふれた言い方になるので、嫌です。

同じだけれど、なぜ、心が一つにならないんだろう?
どうして、戦争が起こるのか?どうして、「違うもの」になるんだ?
同じ人間なのに。なんで、区別されるの?

結局は、集団の思想からはみ出るものは排除する、という根本があるわけです。
誰かから物を習い、それが正しいとされている社会の中で育ち、価値観を形成
されるわけですから、いまから差別をなくせ、というのは、価値観をなくせ、と
いっているようなものになってしまうのです。

価値観はそれぞれ、違うもの。思想というのも、その人物像を形成する大きな
要因を担っています。
そこで、この杉原の父親の言っていた言葉、大きな視野をもて、という意味のもの。
この作品の中では、本当に大きな、大きな意味を持つ言葉です。
多くの価値観に触れて、一番自分に合った価値観、自分で最良と思える価値観を
見出す。言葉にすると、簡単ですが、これができる人って、なかなか、いません。
だからこそ、祖国にしがみつき、離れられない。
自分が属している思想の範疇から出ることができない。
(ここに、桜井(柴崎コウ)が、父親から教わった言葉のルーツがあるのでしょう。
「中国、韓国の人間の血は汚い」という・・・)

「こうするべきだ」という考えは、理想論であって、実行に移そうとしても、
それに従える人がどれだけいるか。
批判し、願い、実行できるのは、誰なのか。
その、実行に移すには、勇気、自分への自信、変えたいと思う強い願い、
希望、応援する確固たる存在、そういった物がすべて存在しなければ、
できない。だからこそ、その転機となるものが必要なんですよね。

映画「ハリケーン」や、その他、人種差別をなくそう、という意味をもった
映画が公開され、その当時は、問題が持ち上がり、行動が起きる。
しかし、いつの日か、忘れ去られ、過去の遺物と化してしまう。
当事者でなければ、念頭に置き、変えていこう、という意思を持ちつづけることは
できないのだろうか。。。

こういった、今までの諸々の問題を踏まえ、現在の状況において、できる最善の
ことはなんなのか。テロ事件があったからって、そんなにすぐには変えることが
できないことは、だれでもわかっている周知の事実。
それぞれが、自分の足元にある問題から解決していかなければ、大きな
世界的視野を持って実行しても、所詮は、大元を断つだけで、周りの原子は
残っている。
なかなか、難しい問題なのです・・・。

過去の歴史は変えられません。
韓国を併合し、中国の南京で大虐殺がおき、資本と共産というおおきな思想
の違いが残っている理由。それを踏まえて、お互い歩み寄るには、どうしたら
いいのか。一つしか方法はないんですよね。
人間を人間と認め、同じ物だと認識する強さ。
見た目ではなく、中身だと。いろんな価値観、思想があることを認識し、その
違いを活用できる大きな包容力をもった世界を築くこと。
秩序を保つため、誰かがそれを率先して行わなければいけない。
平等であれ、といってはいても、やはり、その概念を掲げ、全てを統括すべき
大きな存在、カリスマ性を持った人間が必要なのです。
それが、ソ連が崩壊した今、アメリカが担っているのですよね。
自分の中に、まだまだ根ついている大きな問題(人種問題とか)をかかえつつ、
実行できるのは、大きな勢力をもったものでなければ、できない状況にもって
行ってしまったのは、他でもない自分達人間なんですよね。

 


歴史を、多くの異なる思想作ったのは、自分達人間。責任を持ってそれを認めながら行動しなければいけない。

 


軍事を持って制するのではなく、概念をもって制せよ・・・
理想はどこまで通じるのか。
大きな局面に面しているんですよね、今。
そんな時に、その根本になる、基本的考えをここで示してくれた、忘れては
いけない作品が、このGOだと、私は思ってしまいます。

それぞれの考えや生活を脅かすようなことではなく、もっと、基本的理念から
見詰め直さねば、なにごとも終わらないのでしょう・・・
訴えているだけではいけないって事ですね。身近なところから、実行に
移していかねばいけない時期にきているのでしょう。
この映画を見て、どう思うか・・・思うだけではなく、どう消化できるか。。。
本当に、本当に大切にしたい作品です。

ストーリー***********************

杉原は高校3年生。あだ名は“クルパー”。普段はまったく意識しな
いが韓国の国籍を持ついわゆる「在日」。未だに将来の夢も進路も決
まらず、バスケ部を辞めて以来、喧嘩しかすることがない。中学まで
民族学校に通っていたが、広い世界を見たくなり、意を決して日本
普通高校へ入学した。

 3年前、杉原の父・秀吉は、ハワイ旅行をきっかけに国籍を“朝鮮”
から“韓国”に変えた。秀吉は元ボクサー、幼い頃からボクシングを叩
き込まれた杉原も、喧嘩では現在24連勝中。記念すべき初勝利の
相手は、今やすっかり仲良くなったヤクザの息子の同級生・加藤で、
杉原がへし折った鼻を整形したら女にモテはじめたというハッピーな
男。杉原のまわりには他にも、線路に飛び込んで電車と競争する命
がけの肝試し「スーパー・グレート・チキン・レース」で杉原以外の唯一
の生存者タワケ先輩や、杉原とともに民族学校で教師たちから目の
敵にされ続けた元秀(ウォンス)などクセ者がたくさんいた。彼らとつるむ
のも悪くなかったが、杉原が親友と呼べるのは民族学校開校以来の
秀才・正一(ジョンイル)だけだった。音楽、映画、小説…何だって詳しい
正一とくだらない冗談を交えながら喋るのは本当に楽しい時間だっ
た。

 ある日杉原は、加藤のバースディパーティーで声をかけてきた少女・
桜井と突然の恋に落ちる。人生に女の子という文字など無いと思って
いた杉原でも、ぎこちないデートを重ね、2人で同じ場所を歩き、同じも
のを観て、同じものを聴くたびに互いの気持ちが近づいてゆくのがわ
かった。桜井の家に招待されて両親に会い、噛み合わない会話を交
わした後、部屋で2人はキスをする。・・・いつかは告白しなきゃならな
い。自分が「在日」であることを・・・そのことが時々杉原の頭をよぎる
けれど、それで全てを失うはずはないと思っていた。怖いくらい何もか
もがうまく回り始める日々に、杉原は有頂天になっていく。

 悲劇は突然起こった。親友・正一が駅で少年に刺され、命を落とし
てしまう。誤解がもとで起こった事故だった。「話したい事があるんだ。
すげえ事なんだ。オマエならわかってくれると思うんだ」直前まで正一
と電話で話していた杉原の耳には、正一の最後の言葉がいつまでも
残って離れなかった・・・

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